- 著者:ポール・オースター
- 翻訳者:柴田元幸
- 出版社:新潮社
- 作品刊行日:1989/04/01
- 出版年月日:1997/09/26
- ページ数:532
- ISBN-10:4102451048
ムーン・パレスというポール・オースターの小説を読み終えた時、自分の好きな作家ランキングがガタンと変わった気がした。
なんて自分好みの小説なのだろう。なんて自分好みの書き方なのだろう。芥川龍之介、太宰治、谷崎潤一郎、村上春樹、伊坂幸太郎、森見登美彦、光原百合など日本の作家の日本語独自の言い回しが好きな僕が、まさか海外作家のポール・オースターにここまで惹かれるとは思わなかった。
おそらくそれは柴田元幸という訳者の力も関係しているように思うのだけれど、この小説はとにかく言葉のチョイスがたまらない。初めて南海キャンディーズの漫才を見た時のような衝撃。ひとつひとつの言葉が非常に洗礼されている。
タイトルだってそう。
あなたは、ムーン・パレスというタイトルを見た時にどんな内容を思い浮かべますか?それがコロンビア大学付近に実在した○○○○○の名前だなんて思いつける人がいるのだろうか。
それでいて「それは人類が初めて月を歩いた夏だった。」から始まり「夜空に上がっていく月に僕はじっと視線を注ぎ、それが闇のなかにみずからの場を見出すまで目を離さなかった。」という月に関連した結びで終わるのだから堪らない。
ムーン・パレスとはなんなのか。この本についてじっくりレビューしていくことにしましょう…。
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小説『ムーン・パレス』 – ポール・オースター・あらすじ
読書エフスキー3世 -ムーン・パレス篇-
あらすじ
書生は困っていた。「好きになってしまったんです!と声を」と仕事中に寝言を言ったせいで、独り、無料読書案内所の管理を任されてしまったのだ。すべての本を読むには彼の人生はあまりに短すぎた。『ムーン・パレス』のおすすめや解説をお願いされ、あたふたする書生。そんな彼の元に22世紀からやってきたという文豪型レビューロボ・読書エフスキー3世が現れたのだが…
ムーン・パレス -内容紹介-
それは人類がはじめて月を歩いた夏だった。そのころ僕はまだひどく若かったが、未来というものが自分にあるとは思えなかった。僕は危険な生き方をしてみたかった。とことん行けるところまで自分を追いつめていって、行きついた先で何が起きるか見てみたかった。結果的に、僕は破壊の一歩手前まで行った。
引用:『ムーン・パレス』ポール・オースター著, 柴田元幸翻訳(新潮社)
ムーン・パレス -解説-
批評を終えて
いつもより少しだけ自信を持って『ムーン・パレス』の読書案内をしている書生。彼のポケットには「読書エフスキーより」と書かれたカセットテープが入っていたのでした。果たして文豪型レビューロボ読書エフスキー3世は本当にいたのか。そもそも未来のロボが、なぜカセットテープというレトロなものを…。
名言や気に入った表現の引用
母はたまにひどくおかしい冗談を言うことがあって、そんなとき僕はきゃっきゃと騒々しく笑ったものだが、それはごくまれな、惑星同士がしかるべき位置関係に来た場合にのみ生じる出来事だった。
p.12
伯父さんが僕の名にいろんな意味を付与してくれたおかげで、転校生としてのつらい最初の何週間かを切り抜けるのも少しは楽になった。子供たちがまっさきにからかうのは名前である。
p.17
十八歳というのは恐ろしい年齢である。自分はクラスメートの連中よりも大人なんだ、と僕はわけもなく確信してふるまっていたが、実のところはただ、若くあることの別の方法を見出していたにすぎなかった。
p.33
それはブロードウェイだった。ブロードウェイをもっとも小さく、もっとも縮約した風景だった。しかも、僕の部屋から見えるその風景全体が、一つのネオンサインによって埋めつくされていたのだ。ピンクとブルーの文字が煌々と燃えて、MOON PALACEという言葉を書き出していた。それが通りに面した中華料理店の看板であることはすぐにわかった。けれども、その言葉があまりに唐突に襲ってきたせいで、僕にとってはいっさいの現実的な意味も関係も吹き飛んでしまった。それらは魔法の文字だった。闇のなかにぽっかりと、空それ自体からのメッセージとして浮かんでいた。ムーン・パレス。僕はすぐさま、ビクター伯父さんとその楽団のことを考えた。その字が目に入ったとたんの、理屈を超えた一瞬のうちに、僕にのしかかっていた恐怖感がすうっと離れていった。いままで味わったことのない、突然の、絶対的な経験だった。がらんとした陰気臭い部屋が、いまや霊的なるものの住む場となった。不可思議な前兆と、神秘的で予測不能の出来事が交叉する地点となった。僕はなおもムーン・パレスの看板に見とれていた。そして徐々に理解した。僕は正しい場所に来たのだ、と。この小さなアパートこそ僕が住むべき場なのだ。
pp.35-36
最終的には、問題は悲しみではなかった。はじめはそうだったかもしれないが、じきにそれは何か別のものに変わっていった。もっとはっきり手ごたえのある、目に見える影響力をもった、暴力的な傷をもたらす何ものかに。さまざまな力の連鎖がはじまっていた。ある時点で、僕は安定を失い出した。自分自身のまわりを僕はぐるぐる旋回しはじめた。その輪は次第に大きくなっていき、やがて僕は軌道の外に飛び出してしまったのだ。
p.40
僕にとって、本とは単なる言葉の容器ではなく言葉それ自体であり、したがって本の値打ちも、その物理的状態ではなく精神的内容によって決められるべきものだった。
p.47
それぞれの欠乏が生み出す隠れた利点を僕は探し出し、ひとたび何かなしで暮らすすべを会得すると、その何かを綺麗さっぱり頭から追い払ってしまうことができた。もちろん、こんな調子でいつまでもやって行けるわけではないことも承知していた。いずれは、なしでは済まない物だけが残るだろう。でも目下のところは、なくなってしまった物たちを惜しむ気持ちがほとんど湧いてこないことに、我ながら呆れてしまうくらいだった。ゆっくりと、着実に、僕は発見しつつあった。自分がとことんやって行けることを。思ってもみなかったほど遠くまで行けることを。
pp.53-54
ある意味で、彼らは僕の経験の意味を一から書き換えてくれたのだ。僕は崖っぷちから飛び降り、もう少しで地面と衝突せんとしていた。そしてそのとき、素晴らしいことが起きた――僕を愛してくれる人たちがいることを、僕は知ったのだ。そんなふうに愛されることで、すべてはいっぺんに変わってくる。落下の恐ろしさが減るわけではない。でも、その恐ろしさの意味を新しい視点から見ることはできるようになる。僕は崖から飛び降りた。そして、最後の最後の瞬間に、何かの手がすっと伸びて、僕を空中でつかまえてくれた。その何かを、僕はいま、愛と定義する。それだけが唯一、人の落下を止めてくれるのだ。それだけが唯一、引力の法則を無化する力を持っているのだ。
p.94
ひとたび人生を投げ捨ててしまえば、これまでまるで知らなかったこと、ほかの状況では決して知りえないことを、人は発見するのではないだろうか。
p.108
いいことが起きるのは、いいことが起きるのを願うのをやめた場合に限られるという事実を発見した。これが正しいとすれば、逆もまた真ということになる。すなわち、物事が起きるのを願えば願うほど、それが起こるのを妨げてしまうのだ。論理的にはそうなる。すでに実証したように世界を引きつける力が僕にあるとすれば、世界を退ける力だって僕にはあるはずだ。換言するなら、欲しいものを手に入れるには、それを欲しがってはならないのである。
pp.108-109
宇宙を支配しているのはもはや、隠れた創造者たる因果律ではなかった。下は上であり、最後は最初であり、終わりは始まりなのだ。ヘラクレイトスはいまや糞の山から救出された。彼の教えこそ、もっとも単純にして明快な真理にほかならない――現実とは上下に揺れつづけるヨーヨーであり、変化こそが唯一の定数なのだ。
pp.114-115
自分では勇気をもって行動してきたつもりだったのに、結果的には単に、とことん卑屈な臆病ぶりを露呈しただけのように思えてきた。僕はただ、世界を蔑む思いに一人酔いしれ、物事を正面から見据えるのを避けてきただけではなかったのか。いまや湧いてくるのは自責の念ばかりだった。自分の馬鹿さ加減が身にしみて感じられた。ジンマーのアパートで毎日を過ごし、少しずつ自分を立て直しているうちに、人生を一からやり直さなくてはという気持ちが湧いてきた。僕はこれまでの過ちを贖いたかった。いまでも僕のためを思ってくれる人たちに償いをしたかった。僕は自分が嫌になっていた。
p.132
内容的にはまったく無意味な仕事だったからこそ、そこに価値が生じたともいえる。これなら、鎖につながれて重労働の刑に服す人間のような気持ちになれる。僕の仕事はハンマーをふるって石を細かく砕くことであり、全部砕けたら、それをさらに細かく砕くことなのだ。この労働に目的は存在しない。でも僕は、結果なんかに興味はなかった。労働それ自体が目的だった。模範囚の決意をもって、僕は我を忘れて仕事に没頭した。
p.162
太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である
p.172
物事はしばしば見かけとは違っているのです。早合点をすると、厄介なことになりかねません。
p.181
この世界のものはすべて、生物も無生物も、電気でできている。思考だって電荷を放出するんだ。その電荷が十分強ければ、人間の思考はまわりの世界を変えることができるのさ。
p.184
目を使え、目を! わしは何も見えんのだぞ、なのに何だ貴様は、『ごくあたりまえの街灯』だの『何の変哲もないマンホールのふた』だの! この世に二つと同じものはないんだぞ、馬鹿野郎。どんな阿呆だってそのくらい知っとるわい。しっかり目を開けてみろ、あほんだら、ちゃんとわしの頭のなかに見えてくるように説明せんか!
p.212
僕は決して有能な説明役ではなかった。これまで自分が、物をじっくり見ることをいかに怠ってきたかを僕は痛感した。いざ命じられてやってみると、その出来栄えたるや惨憺たるものだった。僕にはそれまで、何ごとも一般化してしまう癖があった。物同士の差異よりも、類似のほうに目が行きがちだった。それがいま、無数の個別性から成る世界に放り込まれて、五感が直接受けるデータを言葉によって再現しようとあがいてみると、自分の無能ぶりをつくづく思い知った。
pp.212-213
世界は目を通して我々のなかに入ってくる。だが、それが口まで降りてこなければ、世界を理解したことにはならない。
p.214
どこでもない場所のど真ん中の、なんにもない荒野に、独りぼっちで何か月も何か月も……まる一生だよ。そういうことはな、一度やったら絶対に忘れられるもんじゃない。わしはどこへも行く必要なんかないんだ。ちょっとでも考えれば、とたんにもうそこに戻っているんだから。このごろじゃ一日の大半はそこにいるのさ――どこでもない場所のど真ん中に戻っているんだよ
p.222
いったん未来を味わってしまったら、人間、後戻りできるもんじゃない。
p.263
〈ここ〉は〈そこ〉との関連においてのみ存在し、その逆ではない。〈これ〉があるのも〈あれ〉があるからだ。上を見なければ、下に何があるかはわからない。考えてみたまえ。自分でないものを仰いではじめて、我々は自分を見出すんだ。空に触れなければ、大地に足を据えることもできない
p.271
万策尽きた人間が、声を限りに叫びたくなる。至極当然の話ではないか。肺のなかで空気がどんどん膨らんでいき、そいつを追い出さないことには息もできないのだ。ありったけの力をこめてそいつを吠え出してしまうしかないのだ。さもなければ、みずからの息で窒息してしまう。大気そのものに息の根を止められてしまうのだ。
p.291
芸術の真の目的は美しい事物を作り出すことではない、そう彼は悟った。芸術とは理解するための手立てなのだ。世界に入り込み、そのなかに自分の場を見出す道なのだ。
p.298
図書館というのは現実世界の一部じゃありませんからね。浮世離れした、純粋思考の聖域です。
p.375
僕らはつねに間違った時間にしかるべき場所にいて、しかるべき時間に間違った場所にいて、つねにあと一歩のところでたがいを見出しそこない、ほんのわずかのずれゆえに状況全体を見通しそこねていたのだ。要するにそういうことに尽きると思う。失われたチャンスの連鎖。断片はあじめからすべてそこにあった。でもそれをどう組み合わせたらいいのか、誰にもわからなかったのだ。
p.429
自分の中の醜さと残酷さを思い知った僕は、たまらなく自分が嫌になった。もうこれ以上やって行けなかった。自分という人間に耐えられなかった。
p.484
僕にはいまや目的があるのだ。何かから逃げているのではなく、何かに向かっているのだ。
p.519
答えはすでに僕の歩みのなかで形成されていた。僕はただ歩きつづければよいのだ。歩きつづけることによって、僕自身をあとに残してきたことを知り、もはや自分がかつての自分でないことを知るのだ。
p.525
ムーン・パレスを読みながら浮かんだ作品
レビューまとめ
ども。読書エフスキー3世の中の人、野口明人です。
いやー、ぶっちゃけこの小説には驚いた。久しぶりに大ヒットだった。逆転満塁ホームランだった。僕の好みど真ん中の作品だった。うん。僕はこういう作品が大好きなのです。
絶望や孤独を否定せず、だけどもうやうやしく肯定もしない。受け止め、傷つき、感情を爆発させ、何か発見してちょっとだけ前に進む。そういう主人公がどうにもこうにも自分の生き方にすごく合っているような気がしました。
そしてポール・オースターを初めて読みましたが、この人の言葉のチョイス、天才だわぁ〜。お笑いで言えば、南海キャンディーズの山ちゃんやブラックマヨネーズの小杉さん、はたまた天津の向さんの言葉の選び方に通じるものがある。
自分じゃ思いつかないけれども、言われてみればすげーよく分かる!!っていう感じの例え話の出し方。パッと映像が頭の中に浮かんできて、ふふふっと笑ってしまう言葉回し。本当にすごい。
それにしても、この小説の作品のところどころに月が出てくるのだけれど、タイトルになっているムーン・パレスなんて単なる中華料理店の看板だからね。それをタイトルに持ってくるセンスね。
こうイメージをカチッと決めずにあーゆー風にも取れるし、こーゆー風にも取れるっていう無限のイメージを膨らませてくれる作品でした。何度も読みたい作品だと思います。これはいい本に出逢えた。
孤独を感じやすいあなたにおすすめ。
ではでは、そんな感じで、『ムーン・パレス』でした。
あ、最後にもう一度言及しておきますが、この本の翻訳、なんでこんなに読みやすいの!?ってぐらい名訳だと思います。柴田元幸さんは東京大学出身のアメリカ文学研究者。ムーン・パレスでBABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞を受賞したそうです。流石や〜。
ここまでページを閉じずに読んで頂いて本当にありがとうございます!
最後にこの本の点数は…
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ムーン・パレス - 感想・書評
ムーン・パレス¥ 907
- 読みやすさ - 92%92%
- 為になる - 89%89%
- 何度も読みたい - 97%97%
- 面白さ - 96%96%
- 心揺さぶる - 93%93%
読書感想文
今までなぜポール・オースターという作家を知らなかったのだろうと後悔させる程素晴らしい作品でした。これは声を大にして人に薦めたい小説です。久しぶりにそんな風に思える本に出逢えました。これを大学生の時に読んでいたならば僕の人生もちょっとは変わっていたかもしれない…。もしあなたが時々孤独に襲われる事があるのなら、この小説を手にとってみてくださいませ。