リヴァイアサンというポール・オースターの作品を手にとって、最初に思ったのはリヴァイアサンと言えば幻獣だよな?という事でした。龍みたいな形をした海の怪物がファイナルファンタジーというゲームの中で幻獣として出てきていたのでそれを思い浮かべたのです。
本の表紙も青っぽかったし、海の話かなと。そのリヴァイアサンという幻獣はどうやら旧約聖書に登場するものらしいのですが、実際ポール・オースターのリヴァイアサンを読んでみると全くそんなものは登場してこない。
出てきたのは自由の女神。はて?何かの記憶違いかな…と調べてみると、トマス・ホッブズが書いたリヴァイアサンにたどり着きました。あー、たしかにリヴァイアサンって本あったな、読んだことないけど名前だけ知ってたわ。と思ってそっちの本を調べてみるとどうやら国家について書かれた政治哲学書らしい。
ポール・オースターが政治物?
話の流れ的にホッブズのリヴァイアサンで間違いないと思うのだけれど、どうにも今までの書き方と違う気が。
…というか、そのどちらにせよすごい仰々しいタイトルだなと読んでいったのですがまさか最後の最後で目頭がツーンと来るとは。『リヴァイアサン』は一人の男が爆死するまでの物語であり、その一人の男と関わった人たちすべての物語です。
しかし、実際にそのレビューを書くにあたって、ここまで困ったのも久しぶりでした。
まぁ、冒頭から長々と語ってしまってもよくわからないと思うので『リヴァイアサン』のあらすじなどを語ってからレビューをしていくことにしましょう…。
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小説『リヴァイアサン』 – ポール・オースター・あらすじ
著者:ポール・オースター
翻訳:柴田元幸
出版:新潮社
ページ数:413
一人の男が突然道端で爆発したというニュースが舞い込んできた。自由の怪人という名のテロリストが全米各地の自由の女神像のレプリカを破壊し続けていたのだが、主人公ピーターはその男が友人ベンジャミン・サックスである事を確信する。FBIが謎の真相に到達する前に、ピーターは友人としてなぜベンジャミン・サックスがテロリストになったのか、彼は何に絶望したのかを語らねばならないと思い、本を書くことにした。その中でベンジャミン・サックスが追い求めた怪物リヴァイアサンの謎が徐々に明かされていく…
読書エフスキー3世 -リヴァイアサン篇-
前回までの読書エフスキーは
あらすじ
書生は困っていた。「リヴァイアサンと言えば、タイダルウェイブを思い浮かべる世代の僕です…」と仕事中に寝言を言ったせいで、独り、無料読書案内所の管理を任されてしまったのだ。すべての本を読むには彼の人生はあまりに短すぎた。『リヴァイアサン』のおすすめや解説をお願いされ、あたふたする書生。そんな彼の元に22世紀からやってきたという文豪型レビューロボ・読書エフスキー3世が現れたのだが…
リヴァイアサン -内容紹介-
大変です!先生!ポール・オースターの『リヴァイアサン』の事を聞かれてしまいました!『リヴァイアサン』とは一言で表すとどのような本なのでしょうか?
“一人の男が狂っていくハードボイルド小説”デスナ。
…と、言いますと?正直な所『リヴァイアサン』は面白い本なのでしょうか?
六日前、一人の男がウィスコンシン州北部の道端で爆死した。目撃者はいなかったが、どうやら、車を駐めてそばの芝生に座っていたところ、自作中だった爆弾が暴発したらしい。公表されたばかりの検死報告によれば、即死だったという。
引用:『リヴァイアサン』ポール・オースター著, 柴田元幸翻訳(新潮社)
コンナ一文カラ始マル“ポール・オースター”ノ1992年の作品デス。日本語ニ訳サレタノハ2002年デス。読メバワカリマス。
えーっと、それでは困るのです。読もうかどうか迷っているみたいですので。ちょっとだけでも先生なりのご意見を聞かせていただきたいのですが。
読む前にレビューを読むと変な先入観が生マレテシマイマスノデ…
ええい、それは百も承知の上!先生、失礼!(ポチッと)
ゴゴゴゴゴ…悪霊モードニ切リ替ワリマス!
うぉおおお!先生の読書記録が頭に入ってくるぅぅー!!
リヴァイアサン -解説-
今回は巷で評判のリヴァイアサンです。
1993年にフランス・メディシス賞の外国小説部門賞ですね。
フランスで最も権威のある文学賞のひとつだそうですよ。
デビューしたばかりの作家、まだ才能に見合った評価を得ていない作家、「比類ない」作家の小説や短編集に対して与えられるとWikipediaに書いてありました。
そんな事はともかく、本を読んだ感想みたいなものはWikipediaに書いていませんから、そちらの方を語っていきましょう。
冒頭から今回はやられましたね。これは面白い小説だ!という感じがヒシヒシ伝わってきました。
そう。その爆死した男の事を語るというのがこの本の流れなのです。
えーっと、それについては今までのポール・オースターと違う感じがしていて、今までは誰々の物語とはっきり定義出来たところがあったと思うんですよ。
ですが、今回の主人公は、語り手のピーター・エアロンであり、爆死したベンジャミン・サックスであり、二人の知り合いであるマリア・ターナーであり、その他諸々でもあるという不思議な書き方をしています。
群像劇とはまたちょっと違うんですよね。あくまでも語り手はピーター・エアロンなので、彼が見たものや、聞いたものを書いていく形ではあるのですが、出てくる登場人物が関係していった結果、ベンジャミン・サックスの爆死に繋がるという。
へー。偶然が偶然を呼ぶっていうポール・オースターお得意の形っぽくはあるんですね。
それがそうとも言えないんですよ。まずこの話のスタートとしては、ピーターがFBIの訪問を受ける所から始まります。
ふむ。まずはあらすじを聞いてみることにしましょう。
爆発した男にはほとんど身元を明かすものが残されておらず、唯一の手がかりとしてピーター・エアロンの名前が書かれたものを持っていたんですね。
事前に、爆発した男がベンジャミン・サックスであり、それが世間を賑わせていたテロリスト、自由の怪人である事を確信していたピーターは、とある理由からFBIに真相を明かさずにその場をやり過ごします。
ピーターはベンジャミン・サックスの唯一無二の親友であり、彼がなぜテロリストになってしまったのかを唯一知る人物なのです。それを語るのが友人として彼を救えなかったせめてもの償い。友人がテロリストと世間で叩かれる前に真相を語りたいと本を書き始めます。
ただ、ここで注意しないといけないのは、ピーターが語る事はあくまでも推測の域を出ないという点です。
ええ。形としてピーターが書いたものを僕ら読者が読んでいく形を取っているので、よくある第三者目線ですべてが語られるミステリー小説のように全てが明らかになるわけではないのです。
なのでそういう作品を期待してしまうと、ちょっとがっかりした読後感に襲われると思います。私も冒頭を読んだ時に感じた、これは面白い小説だ!という確信から、ちょっとズレたラストに出会って、少しだけ困惑しました。
これはちょっとネタバレになっちゃう気がするのであまり言いたくはないのですが…。
えー、気になるじゃないですか。教えてくださいよ。がっかりしたくないですもん。
それも含めてこの作品の魅力だと思うんですが。
いやいや、最初っからがっかりするとわかっていて読んだりしないでしょう?
では、ここから先はネタバレが嫌なら読まないでくださいね。
そもそも、読む前にレビューを検索する人は少ないでしょうし、検索する人はネタバレも覚悟の上だと思いますから大丈夫です。
そうですか。では言ってしまいますが、ベンジャミン・サックスが爆死した真相が語られないんですよ。冒頭を読んだ感じとしては、それこそがこの小説のキモだと思って読み進めていたのですが、ピーターはその場面を見ていないわけですから、ピーターが書く本の中にはなぜテロリストになったかまでで終わっているのです。
へー。確かにAmazonのレビューとかを読んでみると、そういうのを期待していたのにがっかりだったっていう声も結構多くて、賞を取った作品にも関わらず評価はどっちつかずですね。
この本はどちらかというとポール・オースターのキャラクターの描き方を楽しむ作品で、その途中途中を楽しめるどうかになってくると思います。
あれ?でもポール・オースターの作品って基本的にはラストがそういう作品が多いじゃないですか。ニューヨーク三部作も最後はスッキリしない感じでしたし、最後までガッツリ描き切った作品の方が少ないんじゃないかな。
ええ。ただし、そういう作品ってスタートで謎を設定しなかったでしょう?
あぁ。確かに。あ、そう言えばニューヨーク三部作を読んだ時に、Wikipediaに…
自分のドッペルゲンガーを探しているような感覚に襲われるのが、三作の共通点。ちなみに、これらの後に書かれた『リヴァイアサン』も同種の趣向の作品である。
引用:ニューヨーク三部作 – Wikipedia
って書かれていたんですが、今回もそういう感じなんですか?
うーん…。確かにそういう感じもしないでもありませんが、全編通して扱っていたニューヨーク三部作と違い、リヴァイアサンの方はほんの一部だけですね。そういう感じなのは。
って事は、ピーターがベンジャミン・サックスになってしまうっていう話ではないんですね?前にあったじゃないですか。書くものと読むものの話のやつ。
読書エフスキー3世
鍵のかかった部屋というと日本では嵐の大野くんが主演をつとめた貴志祐介原作のミステリードラマが最初に検索ヒットしますが、今…
あー『鍵のかかった部屋』ですね。親友のファンショーを追いかけて、ファンショーの奥さんを自分に奥さんにしちゃう話ですね。
それです。そうでした。ファンショーと主人公がすごく似てるやつ。
うーむ。ドッペルゲンガーの話は置いておくとして、今回も確かに親友のベンジャミン・サックスの奥さんを寝取るシーンはありますね。
えー!ってか、話がちょっと飛び飛びになってしまいましたが、今回のあらすじをちょっと教えてください。そもそもピーターとベンジャミン・サックスの関係性はなんなんですか!?
二人は雪の日のバーで開かれる詩の朗読会に呼ばれた新人作家でした。雪の為に朗読会は中止になり、バーで一緒に飲むことになった二人は意気投合。
その頃はピーターの方がちょっと名の知られていた作家で、サックスはピーターの作品を読んでいました。ピーターはサックスの名前を知ってはいたけれど、作品を読んでいなかった。しかし一度読んでみると自分とは全く違う才能を見出します。
ピーターがなんとかあれこれ考えて言葉を紡ぎ出すタイプに対して、サックスは感覚的に言葉が溢れ出るタイプ。しかし、こだわりが強い為、作品には偏りがあって数多く出版する作家ではありません。
自分に持っていないものを持つ人って魅力的に見えますよね。
まぁ、そんな感じで二人はお互いに自分に持っていないものに惹かれ合い、交流を深めていくのですが、サックスの奥さんにあった時にピーターは驚きました。
ファンショーのパターンだと絶世の美女で恋しちゃうんですよね。
なんとサックスの奥さんであるファニーは、ピーターが大学時代に憧れていた同じ学校の生徒だったのです。
しかしピーターにはすでに奥さんがいて、子供もいました。
最初はファニーとの関わり方にどぎまぎしたピーターでしたが、サックスとファニーの完璧すぎる夫婦仲を見ているうちに、徐々に関わり方がわかるようになり、サックスとファニーと3人で良い感じの交友関係を築きます。
おお。それならファンショーパターンにはなりませんね。
だがしかし!ピーターは自分の奥さんと徐々に破滅の道を進んでいきます。
奥さんと別居し、じわじわとピーターの精神が蝕まれていくなか、ピーターはファニーと関係を持ってしまうのです。
その事実を知ったサックスでしたが、ピーターを罵倒する事はせず、逆に感謝をしていました。
ファニーは子供を産めない身体だと知って大変ショックを受け、自分の価値を見いだせずにいました。サックスがいかに側に付き添い励ましてみても、効果はなく苦しんでいたのです。
そんな中でピーターのファニーに対する愛はファニーを慰めました。当然、ピーターはファニーはサックスを捨てて、自分と結婚してくれるものだと思ってプロポーズまでしたのですが、ファニーはサックスと別れるつもりはないと。
結果的にはピーターはこの出来事によって、奥さんとの未練を断ち切ることが出来、次の恋愛へ進むわけですが、サックスはと言えば非常階段の四階から地上に転落し、大怪我を負ってしまいました。
サックスはこの事故でまるで別人のように変わってしまい、徐々にピーターとの関係も希薄になっていくのですが…。こんな感じの所であらすじは終わりにしましょう。
えええ!?あれ?二人の知り合いのマリア・ターナーっていう人も出てきていなんですけど!
その人が出てくる所らへんから面白くなりますので、ぜひそこからは自分で読んでいただいて。あ、ちなみにそのマリア・ターナーは実在するソフィ・カルというフランスの芸術家をモデルにしているらしいです。
へー、ソフィ・カルかぁ〜。調べてみたら日本でも個展を開いてる芸術家なんですね。
そのソフィ・カルはこの『リヴァイアサン』をもとに『ダブルゲーム』という作品も発表しているようですよ。
ここまで9つのポール・オースターの作品を読んで来ましたが、本当にいろいろな書き方をする作家ですねぇ。
それと訳者の柴田元幸が巻末に訳者あとがきを書いてくれているんですが、その解説が本当にわかりやすいんですよね。よくもまぁ毎回同じような事を言わずに、違った角度から切り込めるのだと感心してしまいます。
確かに。ここのレビューもだいぶ書くことなくなってきた感じしますもんね。
あぁ…。それを言ってしまいますか。1982年から始まってリヴァイアサンが1992年の作品なんでまだ10年間の作品しか読んできていません。まだ半分もいっていないんですよ…。
ちなみに先生的にはこの作品はどんな人におすすめですか?
うーむ。そうですね、私がこれを読んでいる時に感じたのは、村上春樹の『
ノルウェイの森』ですかね。
やっぱりポール・オースター好きは村上春樹に繋がるんですかね。
ノルウェイの森ってワタナベの親友のキズキ君が死んでからの話でしょう?そこはあまり描かれていないじゃないですか。もしワタナベがピーターでキズキがサックスだったらこんな感じで描かれていたのではないか?って思いましたね。
あー、そうなると直子がファニーですね。緑ちゃんが出てきていませんが。緑ちゃんはマリア・ターナーですか?
あらすじ紹介では話しませんでしたが、ピーターはアイリスという別の女性とちゃんと再婚するんですよ。
まぁ、話の流れとか全然違うと思うんですが、サックスのどうしようもない閉塞感とか、理解されない孤独感みたいなのが、私はキズキ君と重なりましたね。うん。まぁ、私の個人的なイメージですけどね。
と言うと、『リヴァイアサン』は恋愛小説なんですか?
あー、それはちょっと違うかもしれません。どっちかと言うとピーターとサックスの友情物語とか、サックスのハードボイルドさの方が主題でしょうね。中には恋愛小説要素もありますが。
うーむ。『リヴァイアサン』のイメージがイマイチつかめない…。
私も読み終えた後に、なんて説明したら良いのか困りました。『リヴァイアサン』という絶対的な力に抗えなかった男の話にも見えるし、人は最後まで他人を把握しきれないという物語のようにも見えるんです。
心の闇に潜むリヴァイアサン。他人から見えないリヴァイアサン。って感じですかね。
現実と理想との隔たりに人間の悲惨があり、現実から理想に向かおうとする意思に人間の栄光がある。と柴田さんは訳者あとがきに書かれていましたが、その両面を見事に描ききった力作という感じでよろしくどうぞ。
リヴァイアサンと言えば、タイダルウェイブを思い浮かべる世代の僕です。よろしくどうぞ。
批評を終えて
以上!白痴モードニ移行シマス!コード「マリア・アンナ・スースロワ!」
「リヴァイアサンと言えば、タイダルウェイブを思い浮かべる世代の僕です。よろしくどうぞ」…って、あれ?僕は一体何を…。
何をじゃないよ!仕事中に居眠りこいて!なにが「タイダルウェイブ!」だよ。ゲームやりすぎだろ。
え?あれれ?読書エフスキー先生は?
誰だそれ。おいおい。寝ぼけ過ぎだぞ。罰として一人でここの案内やってもらうからな!
えーっ!?一人で!?で、出来ないですよ〜!!
寝てしまったお前の罪を呪いなさい。それじゃよろしく!おつかれ〜
ちょっ、ちょっと待って〜!!…あぁ。行ってしまった。どうしよう。どうかお客さんが来ませんように…。
…あのすいません、リヴァイアサンについて聞きたいんですが。
(さ、早速お客さんだーっ!!ん?でも待てよ…)いらっしゃいませー!ポール・オースターの8番目の長編小説でございますね。おまかせくださいませ!
あとがき
いつもより少しだけ自信を持って『リヴァイアサン』の読書案内をしている書生。彼のポケットには「読書エフスキーより」と書かれたカセットテープが入っていたのでした。果たして文豪型レビューロボ読書エフスキー3世は本当にいたのか。そもそも未来のロボが、なぜカセットテープというレトロなものを…。
名言や気に入った表現の引用
「一杯の茶を飲めれば、世界なんか破滅したって、それでいいのさ。by フョードル・ドストエフスキー」という事で、僕の心を震えさせた『リヴァイアサン』の言葉たちです。善悪は別として。
私の書いた本が世に出ているからですよ、と私は言った。いろんな人が私の本を読んでいるわけで、それがどういう人たちなのか、私には見当もつきません。自分では何の自覚もなしに、見ず知らずの他人の生活のなかに入り込んでいるわけです。読者が私の本を手にとっている限り、私の書いた言葉だけが彼らにとっての唯一の現実なんです。それは普通のことでしょう、本てのはそういうものだ、と捜査官たちは言った。ええ、そういうものです、と私は言った。でも時として、その読者とうのが、頭のおかしい人であったりするわけです。そいう人がこっちの書いた本を読んで、その本の何かが、彼らの心の奥底に強く訴える。すると彼らはいっぺんに、著者のことを自分の所有物みたいに思い込むわけです。この人こそ世界でただ一人の友だ、とね。
p.12
今日では誰もが文芸評論家ですからね。
p.16
去年の夏のある朝、目がさめて、もう帰る時期だって思ったんです。あっさり決心がつきました。ここにはもう長くいすぎた。ふっとそう感じたんです。きっと、野球なしで長く暮らしすぎたんだと思う。人間、ダブルプレーとホームランを一定量摂取しないと精神が枯渇してくるから
p.30
僕の世界の境界線は縮んでしまった、でも僕はまだ生きている。とにかく息ができて、屁がこけて、好きなことを考えていられる。それができる限り、どこにいようと同じじゃないか?
p.39
世界の焦点をどうやって取り戻せばいいのか、さっぱりわからなかった。サックスを見るたびに、彼が二人いた。まばたきをしても役には立たず、首を揺さぶってもめまいがしてくるばかり。サックスは頭と口を二つずつ持つ人間に変容していた。いい加減帰ろうということになり、立ち上がったとき、倒れる寸前の私を、彼が四本の腕でつかまえてくれたことを覚えている。あの午後、彼が複数いたのはたぶん幸いだった。もうそのころ、私はひどく重くなっていたから、一人の人間で運べたかは疑わしいと思う。
p.41
自由というものが時に危険であることを僕は学んだ。気をつけないと、命を落とすことになりかねない
p.63
一冊の本がどこから生まれてくるのか、誰にも言えはしない――とりわけ、それを書いた人間には。書物は無知から生まれる。本というものが、書かれたあとも生きつづけるとすれば、それはあくまで、その本が理解されない限りにおいてなのだ。
p.64
彼が本当に語っていたことの一部しか、私には聞きとれなかった。それは私が、彼の言葉が自分に向けられていると思い込んだせいだ。
p.79
この人はきっとすごく真面目な人なんだなって思ったのを覚えてるわ。いずれ自殺するか、世界を変えるか、そのどっちかの若者って感じ
p.81
過去に囚われる必要はないわ。人生ってそうするには面白すぎるもの
p.81
あるプロジェクトでは、私立探偵を雇って自分を尾行させた。何日かのあいだ、探偵は都市をさまよう彼女の姿を写真に撮り、小さなノートブックに彼女の移動ルートを記録した。何ひとつ、どんなに陳腐でつかのまの出来事も省かずに、通りを渡った、新聞を買った、コーヒーを飲みに店に入った、と探偵は書き連ねた。それはまったく人工的な営みだった。だがマリアは、他人がそうやって自分に積極的な関心を寄せていることに大きなスリルを感じた。ごくささいな行為にも新しい意味が満ちるようになり、この上なく無味乾燥な決まりきった行為にも並外れた情感がみなぎった。開始して数時間も経つと、探偵に対してすっかり愛着を抱くようになっていた。金を払って雇っていることもほとんど忘れてしまうほどだった。週の終わりに探偵から報告書を受けとって、自分の写真を仔細に眺め、自分の移動をめぐる分刻みの記録を読むと、見知らぬ他人になったような気がした。自分が架空の存在に変わったような思いだった。
p.106
今回も写真は撮ったし、手に入れた証拠を元に彼らの人生の物語を捏造したりもした。それはいわば、現在の考古学だった。
p.107
カメラはもはや、存在するものを記録する道具ではなかった。いまやそれは世界を消滅させる手段であり、見えないものと出会う技法だった。
p.108
罪悪感とは雄弁な説得者である。
p.131
私が無知ゆえに把握できなかったのは、恨みも愛の一要素になりうるということだ。
p.144
いったん自分を悪く見はじめたら、他人からも悪く見られていると思わずにいるのは難しいものだよ
p.162
人間、自分のことを追ってるだけで精一杯なんだ。他人のこととなると、鍵ひとつない
p.162
私は私自身に失望し、世界に失望していた。どんなに強い人間も弱いのだ。そう私は思った。どんなに勇敢な人間にも勇気が欠けている。どんなに賢い人間も無知なのだ。
p.165
その青い瞳は、天国と地獄のあいだでこれほど深くこれほど快活な瞳はあるまいと思えた。
p.171
私たちはまるで、史上はじめてキスをした人間のようだった。その夜二人でキスというものを発明したかのように思えた。翌朝にはもう、アイリスは私のハッピーエンドになっていた。
p.173
そこで起きた出来事を伝えることがいまだ私にショックを与えるのは、現実というものがつねに、我々が想像しうることの一歩先を行っているからにほかならない。自分の考え出したものがいかに奇抜だと思っても、それらはとうてい、現実世界がしじゅう吐き出しているものの予測しがたさに及ばない。この教訓はいまや私には逃れようのないものに思える。どんなことでも起きうる。そして、いずれは何らかの形で、事実どんなことでも起きるのだ。
p.266
たまたま帰ってこれなかっただけよ。事故に遭って、うちへ帰ってくる代わりに、天国へ行かなきゃならなかったのよ
p.306
というわけで二人は仕事に取りかかり、きびきびと、無言のハーモニーのなかでキッチンのなかを動きまわった。
p.307
誰かには多すぎるくらいいて、誰かには一人もいないなんて不公平でしょ?
p.332
と、リリアンが泣き出した。まっすぐ彼を見据えたまま、涙が頬を流れるままにしていた。そこに涙があるのを認める気がないかのように、手を触れもしなかった。プライドの高い泣き方だ、とサックスは思った。苦しみをさらけ出す涙でありながら、同時にその涙に屈することを拒んでいる。リリアンがこれほど懸命に自分を失わずにいることに、サックスは敬意を抱いた。涙を無視しつづける限り、涙を拭い去らない限り、その涙が彼女を辱めることにはならないのだ。
p.343
民主主義は既成事実ではない。それは日々戦いとられねばならない。さもないと我々はそれを失う危険を冒す。我々が使える唯一の武器は法である
p.359
本を書いていると、どこかある時点で、本が実人生を乗っとりはじめる。自分が想像した世界の方が、現実世界より重要になるのだ。
p.361
人はあまり恐ろしい話に接したとき、それを受け入れるにはそこから逃げるしか手立てはないのかもしれない。それに背を向けて、闇にこそこそ逃れるしか道はないのかもしれない。
p.382
引用:『リヴァイアサン』ポール・オースター著, 柴田元幸翻訳(新潮社)
リヴァイアサンを読みながら浮かんだ作品
やっぱり村上春樹の『ノルウェイの森』ですか。
レビューの中でも語りましたが、今回のベンジャミン・サックスのなんとも言えない閉塞感が村上春樹の『ノルウェイの森』に出てくるキズキ君の自殺を連想させました。
レビューまとめ
ども。読書エフスキー3世の中の人、野口明人です。
いやー、困った。この本、相当期待して読んだにも関わらず、なかなか読書ブーストがかからずに読み終わるのに2ヶ月ぐらいかかりました。
まぁ、僕が交通事故にあってそれで忙しくなってしまったというのもあったんですけども。
ニューヨーク三部作のWikipediaにも名前が上がっていたんで、そういう系のお話かな?って思いながら読んでいたんですが、これがまた複雑でかなり多くの人物が出てきました。
ドッペルゲンガーっぽい所なんてラストに近い所でしか出てこないので、全く別物のお話です。
それにしても、ポール・オースターの心理描写の凄まじさには驚きます。今回は特にその書き分けが神がかっていましたね。
読んでいて面白いのに、何か息苦しさも伴っていて、一文一文を味わいながら読みました。
書き方も特殊で、こういう書き方があったかー!と感心してしまいながらも、やっぱりちょっとストレートには読んでいけず、レビューを書くのも苦労しました。
何が言いたいのかわからないレビューになってしまっていたらごめんなさい。一応、リヴァイアサンについて説明しておきます。
リヴァイアサンの語源は元々がヘブライ語の「ねじれた」「渦を巻いた」という所らしいのですが、旧約聖書の中では海の怪物で悪魔と見られることもあるそうで、そのねじれた悪魔にとり憑かれた男、ベンジャミン・サックスの物語として読むのが一番わかりやすいかな。
トマス・ホッブズの『リヴァイアサン』に因んで付けられたらしいんですが、そういう感じで読むと難しい。ホッブズのリヴァイアサンは要は、人民の持つ自然権を全て国家に譲渡し、絶対王政の元、巨大なリヴァイアサンが国土と都市を守るというもの。
ホッブスのリヴァイアサンの挿絵をどこかで見れたらわかると思いますが、王冠をつけた巨人が国家を守っているような絵に見えますが、その巨人をよく見てみると無数の人々が集まった形で身体が描かれているんです。
人間がすべて平等に作られていると仮定すると、自然権の行使により争いが生じる。平等であるからこそ、同じ目標物があれば、争い奪い合う。結果的に何も巨大な力がなければ人間は戦争状態になってしまう。
それを避けるために人民は自然権を放棄し、国家に任せたまえというのがホッブズのリヴァイアサン。
一方サックスは自由の女神像を爆破する事で、自由は既成事実ではなく、常に人民が戦って勝ち取っていかねばならないという現状の政府のあり方に立ち向かうテロ行為を行ったわけです。
僕はこれをリヴァイアサンに立ち向かう形として捉えたんですが、どうなんでしょう…。そんな風にして考えると途端に難しい話になってくるので、やはりここは一度タイトルの事などすっかり忘れて、巨大な闇に飲み込まれてしまった一人のセンチメンタルな男の物語として読んだ方が楽しいのではないでしょうか。
…ま、そんな事はさておき、個人的にはマリア・ターナーの行った行動がすごく楽しかったので、そこが見どころですかね。探偵に自分を尾行させたり、色彩ダイエットと名付けた同じ色の食べ物しか食べないとか、ソフィ・カルをモデルにしたマリア・ターナーは結構奇抜なアイディアを僕らに魅せてくれます。
いつものポール・オースターだなと感じつつ、失われた友に何もしてやれなかったピーターの悲しさみたいなのが今までのポール・オースターとは違うなと思い、僕はラスト付近で目頭が熱くなりました。
ここまで圧倒的に他人を理解しきれない状況を描いたのも珍しいんじゃないかな。僕らは結局、誰のことも完璧にはわかることが出来ないんだなって読み終わった後に思いました。どれだけ友を思っても救うことが出来なかったピーターを思ったらじわっとね。
孤独を違った角度で描いたのかもしれないな。
ではでは、本当に何書いているのかわからなくなってきたので、このへんでペンを置きたいと思います。こういう内容の本のレビューをすらすらっと書ける人、本当に尊敬します。良かったらそちらの方のレビューを参考にしてくださいませ。
ではでは、そんな感じで、『リヴァイアサン』でした。
ここまでページを閉じずに読んで頂いて本当にありがとうございます!
最後にこの本の点数は…
リヴァイアサン - 感想・書評
著者:ポール・オースター
翻訳:柴田元幸
出版:新潮社
ページ数:413
リヴァイアサン
¥ 781
-
読みやすさ - 79%
-
為になる - 71%
-
何度も読みたい - 79%
-
面白さ - 87%
-
心揺さぶる - 89%
81%
読書感想文
今までのポール・オースターの書き方と違い、群像劇の形を取らない群像劇のようで、ひとつひとつのエピソードが面白いです。ただそれぞれが短編として存在していても良いのではないか?という感じで複雑に絡み合う伏線や偶然はあまり見られず、人を選ぶ小説のような気もします。キャラクターの魅力はバッチリなんですが、出来ればもう少しお互いが絡み合って渦巻くストーリーを期待しちゃっていたかも。ポール・オースターの5冊目ぐらいに読むのがちょうど良いかもしれません。