ルビンの壺が割れたという宿野かほるの小説は、自分の部屋に積み上げられた本の中から発見したものです。その表紙にはだまし絵で代表的なルビンの壺が描かれていました。
ただ、俗に言う積読(つんどく)、積み本をしている人なら良くある事かもしれないけれど、一体どういう経緯で購入したのか完全に忘れてしまって思い出せない。
宿野かほる。…全く聞いた事がない作家だ。
それは後に百田尚樹が覆面作家として書いたものだとわかるのだけれど、そんな事を知らない僕はだまし絵に惹かれてとりあえず中身をペラペラっとめくってみることにしました。
Facebookのメッセンジャーでやり取りしている形式をとったその文章の読みやすいこと、読みやすいこと。気がつけば予定を忘れて読み続けてしまいました。
そして2時間後、すべてを読み終えた僕はその衝撃のラスト一文に大爆笑。なんだこの騙された感は!?この作品の感想は一体どうやって書けばいいのだ!?
とりあえず言えることは、久しぶりにこんなハイスピードで一つの作品を読み終えたという事。そして読書という楽しみ方の新しい面を教えてくれた作品だと言うこと。そして何より、最悪の読後感。
もし、あなたが今、3時間…いや、1時間でも暇な時間が出来たであれば、この本を手にとってください。そして一緒にこの本を読んだことを後悔しようではありませんか。
しかし、この本の欠点は、心地よい少々のしてやられた感を共有しようにも人に簡単におすすめ出来る作品ではない事です。一番いい所をおすすめしようとするとネタバレになってしまうし、ネタバレした時点でこの本は一気に面白くなくなる。
なので、とりあえず僕はこの本をどうやって知ったのかを思い出そうとしたのですが…
スポンサードリンク
小説『ルビンの壺が割れた』 – 宿野かほる・あらすじ
フェイスブックで偶然見つけたかつての婚約者。30年も前の結婚式で式場に現れずに消えてしまった美帆子に水谷一馬はメッセージを送る。彼女は死んだ。死者からの返事など来るはずもないと思っていた一馬だったが、美帆子から返信が届く。SNSでのやり取りを書簡形式の小説としてまとめ、次々と展開していく内容、そして衝撃のラスト。覆面作家による話題沸騰のデビュー作…
読書エフスキー3世 -ルビンの壺が割れた篇-
前回までの読書エフスキーは
あらすじ
書生は困っていた。「百田尚樹が引退って…」と仕事中に寝言を言ったせいで、独り、無料読書案内所の管理を任されてしまったのだ。すべての本を読むには彼の人生はあまりに短すぎた。『ルビンの壺が割れた』のおすすめや解説をお願いされ、あたふたする書生。そんな彼の元に22世紀からやってきたという文豪型レビューロボ・読書エフスキー3世が現れたのだが…
ルビンの壺が割れた -内容紹介-
大変です!先生!宿野かほるの『ルビンの壺が割れた』の事を聞かれてしまいました!『ルビンの壺が割れた』とは一言で表すとどのような本なのでしょうか?
“スッと読んでスッと忘れる娯楽タイム小説”デスナ。
…と、言いますと?正直な所『ルビンの壺が割れた』は面白い本なのでしょうか?
結城美帆子様
突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください。
仕事終わりに、いつものように何気なくフェイスブックの歌舞伎のページを覗いていると、美帆子という名前を目にしました。
引用:『ルビンの壺が割れた』宿野かほる著(新潮社)
コンナ一文カラ始マル“宿野かほる”ノ2017年の作品デス。読メバワカリマス。
えーっと、それでは困るのです。読もうかどうか迷っているみたいですので。ちょっとだけでも先生なりのご意見を聞かせていただきたいのですが。
読む前にレビューを読むと変な先入観が生マレテシマイマスノデ…
ええい、それは百も承知の上!先生、失礼!(ポチッと)
ゴゴゴゴゴ…悪霊モードニ切リ替ワリマス!
うぉおおお!先生の読書記録が頭に入ってくるぅぅー!!
ルビンの壺が割れた -解説-
あれですよね、人の顔が向かい合っているようにも見えるし、1つの壺のようにも見えるだまし絵の。
そうです。1915年頃にデンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案した多義図形。その考案者の名前をとってルビンの壺と呼ばれていますが、今回の作品の表紙にも使われています。
でも先生、この表紙には壺に線が入っているじゃないですか。
そうですね。そうなると向かい合っている2人の横顔の絵としてみるよりも、単なる割れた壺としか見えなくなってくる。今回の小説もですね、そういう話なのです。
ルビンの壺は2人が向かい合っているようにも見えますよね。この小説も登場人物は2人。フェイスブックのメッセンジャーを使ってやり取りするという形をとった書簡形式の小説なのですが、読み終わった頃には2人は消えてしまって、単なる壊れた壺にしか見えなくなるというトリックなのです。
まぁ、この小説はネタバレ厳禁なのでね、「とりあえず面白いから読んでみ?」と紹介する他ないとは思うのですが。
うーむ。ちょっとだけ内容教えてくださいよー。
では、なるべく壺が壊れない程度の紹介を。水谷一馬は、フェイスブックで歌舞伎に関連するページを覗いていました。
するとそこに、なんとなーく見覚えのある名前を発見するのです。結城美帆子。その美帆子というありそうであまりない名前に反応したのは、一馬の28年前に結婚するはずだった女性の名前が美帆子だったからです。
しかし、自分の知っていた美帆子と苗字が違っていましたし、美帆子は28年前に死んだはずですから本人であるはずがありません。ただなんとなく気になった一馬は結城美帆子のプロフィールページを開くのです。するとそこには自分の知っている友達の名前があるではないですか。
SNSって便利ですねぇ。なんとなくミステリー感が出てきました。
一馬は友達のページを眺め、そこに一枚の写真を発見します。旅行先で撮ったであろう四人の女性の写真。その写真にはぼかしがかけられていましたが、窓ガラスに姿が映っていたのです。それをパソコンに保存し、拡大してみるとそれはやはり28年前に死んだはずの田代美帆子でした。
自分の婚約者だった美帆子だと確信した一馬は、フェイスブックのメッセンジャーを使って美帆子にメッセージを送ります。懐かしさを込めて。
約30年も経っているのに、まだ過去の女性を忘れられないとは、典型的な男性の恋愛観ですねぇ…。
当然ながら返信は返ってきませんでした。1年後再び一馬は美帆子にメッセージを送ります。そしてまた返信は来ず。気がつけば最初のメッセージを送ってから3度目の春。もう一度メッセージを送る。
し、しつこい!…ちょっと怖いやつですね、水谷一馬は。
一馬は胃がんに侵されていました。53歳で胃がん。自分人生を振り返って、やり直せるならやり直したい。それも美帆子と結婚するはずだったあの日から。あの日から自分の人生は狂い始めたと一馬は言います。
…そーかぁ。そんな状況だったのか。ちょっと水谷一馬が可愛そうに思えてきました。
三通目にして、美帆子からやっと返信が返って来ました。そこには返信が遅くなった理由と、一馬と出会った頃の大学時代の事が書かれていました。二人は大学時代、同じ演劇部に属し、一馬は部長で天才的な演出家、誰もが憧れる存在であった事が明かされます。
一方、美帆子は田舎臭い新入部員。彼女は一馬に惹かれますが、一馬にはその頃、別に婚約者がいたという事が書かれていました。
ふむふむ!ついに結婚式当日に失踪した真実を語るわけですね!?
ここから先、確かに結婚式当日に失踪した話も解明されていきますが、そこらへんを話してしまうとネタバレになってしまうので。
この後、一馬と美帆子の文通みたいな感じで話が進みます。彼らの出会いを順に追って。でもこの小説で特徴的なのはそんな書簡形式の形ではないのです。
この小説はもうページをめくればめくるほど二人の印象がガラリと変わります。小説の中の言葉を借りるなら“まるでカレイドスコープが一瞬にして別の何かの模様に変化するような感じ”です。
次々出てくる新事実。伏線なんて関係ありません。なんでもありの乱れ打ち。なので、推理小説のように「ちゃんとルール設定があって、伏線を張って、回収して」という作風が好きな人から見ると単なる駄作です。ルールもへったくれもない。
あぁ…。後付で言われちゃうとズルいって感じる時ありますもんね。
ですが、パパパパっと変わっていく二人の印象を純粋に楽しめるのであれば、この本はまさにジェットコースターのようなエンターテイメント性を持った小説と言えるかもしれません。
あ、ルピンの壺の2人の顔って横顔ですよね。横顔って比喩的に、人物の表向きは現れないようなある一面って意味で使われる事ありませんでしたっけ?
まぁ、これ以上の解説は避けておきましょう。たった156ページの作品です。この本のカバーを外すと裏側に口コミコメントがぎっしり載っているんですが…
この小説を最高に楽しむためにあなたがするべきことはひとつ。誰よりも早くこの本を読んでしまうこと。どこかの誰かにネタバレされる前にね。幸運を祈る。(50代女性・福島県)
と書かれていました。なので読みましょう、今すぐ。早い人なら1時間ちょっとで読める内容だと思いますし。百聞は一見に如かず。読み終われば、もう何も深くは語るまい。
これが読んだものゆえの優越感というやつか(遠い目)
ネジ曲がった人間の恐怖を体験しましょう。
あ!ネジ曲がったと言えば、この作家、本当は…
批評を終えて
以上!白痴モードニ移行シマス!コード「ケムール・ボボーク・ポルズンコフ!」
「百田尚樹が引退って」…って、あれ?僕は一体何を…。
何をじゃないよ!仕事中に居眠りこいて!「出版界、とくに文芸の業界はうんざりするような連中が多すぎる。『夏の騎士』を最後に引退する。でも最後にいい作品を書けたから満足や」って、百田尚樹が言ってたらしいな。でもあの人過去にも数回引退宣言した事あったし。
え?あれれ?読書エフスキー先生は?
誰だそれ。おいおい。寝ぼけ過ぎだぞ。罰として一人でここの案内やってもらうからな!
えーっ!?一人で!?で、出来ないですよ〜!!
寝てしまったお前の罪を呪いなさい。それじゃよろしく!おつかれ〜
ちょっ、ちょっと待って〜!!…あぁ。行ってしまった。どうしよう。どうかお客さんが来ませんように…。
…あのすいません、ルビンの壺が割れたについて聞きたいんですが。
(さ、早速お客さんだーっ!!ん?でも待てよ…)いらっしゃいませー!宿野かほるの作品でございますね。おまかせくださいませ!
あとがき
いつもより少しだけ自信を持って『ルビンの壺が割れた』の読書案内をしている書生。彼のポケットには「読書エフスキーより」と書かれたカセットテープが入っていたのでした。果たして文豪型レビューロボ読書エフスキー3世は本当にいたのか。そもそも未来のロボが、なぜカセットテープというレトロなものを…。
名言や気に入った表現の引用
「一杯の茶を飲めれば、世界なんか破滅したって、それでいいのさ。by フョードル・ドストエフスキー」という事で、僕の心を震えさせた『ルビンの壺が割れた』の言葉たちです。善悪は別として。
人間的な敬意と愛情とは別だから
p.26
モーツァルトの曲の中に「音楽の冗談」というディベルティメントのような曲があります。彼が円熟期に書いたものですが、一風変わった曲です。というのは、わざと下手くそに作曲し、同時代の二流の作曲家や演奏家を揶揄した曲だからです。しかしそれは一流の腕を持った作曲家でなければ作れない曲なのです。
p.28
運命に翻弄された悲しい女であったはずのヒロインが、その笑みによって、一転、得体のしれない女に変わったのです。まるでカレイドスコープが一瞬にして別の何かの模様に変化するような感じと言えばいいでしょうか。
p.44
あの公演をもう一度見たい! と心から思います。しかし、目を閉じれば、私の脳裏にあの時の公演の様子がありありと浮かびます。心の中の映像はおそらくビデオの映像よりもはるかに鮮明で強烈です。
p.59
人間というものは誰でも、いざとなれば、役者でもないのに見事な演技ができるのです。
p.62
貴女が幸福で楽しい日々を送っていることが私の夢になりました。私は三十年前のあの日、貴女が正しい選択をしたと思いたかったのです。
p.75
病気は単に病気です。バチが当たるという考え方は間違っていると思います。
もし、病気がバチなら、すべての病人はバチが当たったことになります。
ですから、病気に何か意味があるとお考えにはならないでほしいと思います。
p.84
私が彼女を真剣に愛していたなら、彼女の行為は決して許せなかったでしょう。強い愛はしばしば寛容ではないし、必要以上の怒りを伴うものだからです。
p.105
引用:『ルビンの壺が割れた』宿野かほる著(新潮社)
ルビンの壺が割れたを読みながら浮かんだ作品
乾くるみの『イニシエーション・ラブ』ですか。
書簡形式の『若きウェルテルの悩み』でも良かったのですが、ラストのどんでん返しの印象が強かったので、乾くるみの『イニシエーション・ラブ』をおすすめしておきます。ちなみに頭に浮かんできた作品が実はもう一つあったのですが、それをここに上げてしまうとネタバレになってしまうので、紹介出来ません。芥川賞受賞作のあの作品なのですが…。
レビューまとめ
ども。読書エフスキー3世の中の人、野口明人です。
Amazonのレビューでは結構酷評が多いですけどね、僕は結構面白い本を読んだな〜って感想でした。最後の一行はあまりにも今までの雰囲気をぶっ壊してくれる一文だったので、読み終わった瞬間に大爆笑。
それで読み終わった後に、いろいろと調べてこの宿野かほるという作家が百田尚樹である事を知りました。百田尚樹といえば、『永遠の0』しか読んだことありませんが、あまりにも文の印象が変わったのでビックリです。
この話は、友人の女性が実際にフェイスブックで体験した奇妙な経験談をもとに作ったものらしいですよ。いやー、現実にこれが起きたとなると、背筋が凍るほどの恐怖なんですがね。本当は商品化しない予定だったらしいです。友人に読ませるだけに書いたものだったと。
そして更にレビューを読んで思い出したことがあります。この本、アメトーーク!の本屋で読書芸人で東野幸治さんが紹介されていたんですね。
僕はその番組を見た友人から、この本を教えてもらったんです。完全に思い出しました。久しぶりに連絡来たと思ったら、後味悪い本教えてー、って言われてジャック・ケッチャムの『隣の家の少女』を紹介しました。
そのお返しに教えてもらった本なのでした。そうでした。
本当に全然連絡とっていない友人だったので、完全に記憶から消えていました。でも今はその友人に感謝しないといけませんね。きっとAmazonのレビューを読んだだけだったら、まずこの本購入していませんでしたから。
ぜひ、先入観を持たずに、この本を読んでもらいたい。エンターテイメントとして。暇つぶしの娯楽として。そして贅沢な時間(お金)の使い方として。
待ち合わせの遅刻なんて簡単に許せるぐらい、すぐに時間過ぎますよ。…それが良いか悪いかは別として。
最初に抱く、微妙な違和感のヒビは最後に綺麗に割れるはず。
この小説は、あなたの想像を超える。
結末は、絶対に誰にも言わないでください。
そんな事を新潮社のキャッチコピーには書いてありました。まぁ、想像なんてしないで読んで下さい。想像するだけもったいない。心を無にして、頭の中を空っぽにして読み始めましょう。
ま、おすすめはしないけど。
ではでは、そんな感じで、『ルビンの壺が割れた』でした。
ここまでページを閉じずに読んで頂いて本当にありがとうございます!
最後にこの本の点数は…
ルビンの壺が割れた - 感想・書評
ルビンの壺が割れた
¥ 1080
-
読みやすさ - 96%
-
為になる - 49%
-
何度も読みたい - 66%
-
面白さ - 76%
-
心揺さぶる - 73%
72%
読書感想文
普段、本をあまり読まない人でも、この本ならばサラサラっと読めると思います。それだけ非常に読みやすく、先が気になるように書かれています。ただ、普段から本を読んでいる人や、ミステリーなどが好きな人にとっては、この本は何たる駄作!!と激おこぷんぷん丸になってしまうかもしれない程、雑な内容です。…でもまぁ、実際にあった話をもとに書いたのであれば、本来は伏線なんてないだろうし、こういう展開になるのかもしれない…。とにかく読み終えた後は爆笑しました。
User Review
60%
(4 votes)