- 著者:今村昌弘
- 出版社:東京創元社
- 作品刊行日:2017年10月13日
- 出版年月日:2017年10月13日
- ページ数:328
- ISBN-10:4488025552
屍人荘の殺人という本を僕が知ったのは2017年の年末。中学の同級生との忘年会で「すげー新しいミステリー小説が出てきた!」とハードル上げ上げで紹介されたのが始まりでした。
何がすげーのかを具体的には教えてくれなかったのだけれど、みるみるうちに『屍人荘の殺人』はテレビでも取り上げられるようになり、バラエティ番組でも千原ジュニアさんが「そう来たか!って感じでしたね」と紹介していたりもしていました。
僕はあまりにも積読の本が多すぎて、単行本を購入する気にはならず、文庫が出たら読んでみるか!ぐらいな気持ちだったのだけれど、『屍人荘の殺人』は2018年の年間ミステリーでまさかの3冠受賞までしてしまったのです。
国内にはミステリー小説の年間ベストを行っている会社が4つあるのだけれど、屍人荘の殺人と同じ会社の3冠を受賞した作品は東野圭吾の容疑者Xの献身のみ。
ただ僕はアマノジャクな性格でして、みんなが良い良い!と持ち上げれば持ち上げるほど、読みたくなくなる性格なので、読まなくていいかぁ…と完全に『屍人荘の殺人』の事を失念していた所、ほんの3日前に図書館からメールが届きまして、「ご予約の書籍の貸し出しの準備が整いました」とありました。
そう。僕は2017年の忘年会の日に酔っ払いながら、図書館で貸し出し予約をしていたようなのです。2年半前に予約していたものが、今やっと自分の順番に回って来たのか!と感動を覚え、コロナウイルスの影響後の再開もあって、図書館での限定受け渡しが出来るようになりましたので『屍人荘の殺人』を借りてきました。
そして僕はみんなが「新しい!新しい!」とハードル上げ上げの『屍人荘の殺人』を読み始めたのですが…
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小説『屍人荘の殺人』 – 今村昌弘・あらすじ
読書エフスキー3世 -屍人荘の殺人篇-
あらすじ
書生は困っていた。「危険が危ない!と言ったドラえもんの漫画はここまで世間に受け入れられて…」と仕事中に寝言を言ったせいで、独り、無料読書案内所の管理を任されてしまったのだ。すべての本を読むには彼の人生はあまりに短すぎた。『屍人荘の殺人』のおすすめや解説をお願いされ、あたふたする書生。そんな彼の元に22世紀からやってきたという文豪型レビューロボ・読書エフスキー3世が現れたのだが…
屍人荘の殺人 -内容紹介-
剣崎比留子殿
前略
そちらは変わらず健勝のことと思う。挨拶は苦手なので早速だが本題に入らせてもらう。
先日依頼を頂いた斑目機関なる組織の調査に関して報告書を送る。
但しこれは、まとめた私の目から見ても著しく常識を逸脱した奇々怪々なる内容であり、調査を進めるうちに期せずして公安調査庁の極秘事項にまで踏み込むことになってしまった。
よってこの依頼は我が事務所ではなく私個人の仕事として処理しており、他の職員たちには依頼のこと自体一切知らせていない。貴殿もこの報告の複製はもちろん他言も無用と銘記されたし。
読後この資料は処分されることを奨める。引用:『屍人荘の殺人』今村昌弘著(東京創元社)
屍人荘の殺人 -解説-
――実は本格ミステリに傾倒していたわけではなく、良き本格ファンなどとは口が裂けても名乗れない身なのです。そんな私が「読んだことのないミステリを!」という一念で書き上げた作品がこのような栄誉を賜ったのですから、本格ミステリとは私が思い描いていたよりもはるかに自由で懐の深いものなのだと実感しました。
引用:『屍人荘の殺人』今村昌弘著(東京創元社)
「――実はずいぶん昔から、ミステリでは密室トリックの鉱脈は彫り尽くされたといわれているんです」
「それは大変じゃない。本が売れなくなっちゃう」
「ええ。ですが実際にはまだミステリは書かれ続けているし、密室を売りにした作品も存在し続けている。最近の作品の特徴の一つが、複数のパターンを組み合わせることで問題を複雑化することなんですよね」
トリックが仮に五つしかなくとも、そのうち二つを組み合わせれば十通りのネタができる。個別のトリック自体は簡単でも、複数の要素が絡み合えば非常に難解な謎に見せかけることは可能だ。p.175
いずれにせよ、探偵小説において、”ありそうもない”がとうてい批判にならないことは指摘してよかろう。われわれは、ありそうもないことが好きだからこそ、探偵小説に愛着を抱くと言ってもいいのだからね。Aが殺され、BとCに強い嫌疑がかかっているときに、潔白に見えるDが犯人ということは、ありそうもない。ところが、Dが犯人なのだ。Gに鉄壁のアリバイがあり、あらゆる点で、残るすべてのアルファベットから潔白だと太鼓判を押されているときに、Gが犯罪を起こしたというのは、ありそうもない。だが、Gが起こしたのだ。探偵が海岸でわずかな炭塵を見つけたとしても、そんなつまらないものが重要な意味を持つことは、ありそうもない。だが、持つのだよ。要するに、”ありそうもない”という単語が、もう野次として意味を持たない域に達するのだ。小説の最後まで”ありそうかどうか”は忘れられる。殺人を予想外の人物に結びつけたければ(われわれ時代遅れの老人のいくらかは、そうしたがるが)、その人物、最初に疑われる人物より、ありそうもない、必然的にわかりにくい動機で行動しても、文句は言えない。
心のなかで、”こんなことはありえない!”と叫んだり、顔を半分見せた悪霊や、頭巾をかぶった幽霊や、人を惑わす金髪のセイレーンに不満をもらしたりしているときには、たんに”こういう話は好きではない”と言っているにすぎないのだ。むろんそれでかまわない。好きでないなら、そう言う権利はいくらでもある。しかし、こういう趣味の問題を強引にルールに変えて、小説の価値や蓋然性を判断するのに使いはじめると、結局たんに”この一連の事件は起きるわけがない。起きたとしても私が愉しめないから”と言っていることになる。引用:『三つの棺』ジョン・ディクスン・カー著, 加賀山卓朗翻訳(早川書房)PP.290-291
批評を終えて
いつもより少しだけ自信を持って『屍人荘の殺人』の読書案内をしている書生。彼のポケットには「読書エフスキーより」と書かれたカセットテープが入っていたのでした。果たして文豪型レビューロボ読書エフスキー3世は本当にいたのか。そもそも未来のロボが、なぜカセットテープというレトロなものを…。
名言や気に入った表現の引用
カレーうどんは、本格推理ではありません
p.10
俺は密かに女性陣があまりにも美人に偏りすぎているのが気になった。むしろ今日は美人としか会っていないような気さえする。たまたまそうなのか、それとも今まで俺の周りにはブサイクばかりが引き寄せられていただけなのか。
pp.49-50
喧嘩と告白は旅行初日が一番危ない
p.58
俺が明智さんにとってのブレーキ役であるのと同じように、彼は俺にとってアクセルなのだ。彼が誘ってくれなければ俺は今も話の噛み合わないミス研の中で時間を浪費していたはずだ。彼がアクセルを踏むからこそブレーキに意味が生まれる。
p.92
「ここが密室であろうとなかろうと、実際に進藤さんは殺されたわけだからね。不可能だ、無理だなんて連呼しても意味がないよ。なにかしらうまくやる方法があっただけのことだから」
p.140
現代の警察を密室なんかで出し抜こうってのはかなり勇気のいる行為だよ。小説やドラマでは完全犯罪なんて言葉がよく登場するけど、私からすれば死体が見つかった時点で事件の半分は解決したようなものだと思う。殺害方法、犯行時間、犯行動機……死体は情報の宝庫だからね。真の完全犯罪は警察をギブアップさせることじゃない。犯罪として露見すらしないものだよ。人知れず殺し、人知れず死体を始末し、人知れず日常に溶け込むことだ。
pp.141-142
なんていうか、恐怖はあるんです。死ぬのは嫌だ、それに皆を助けなきゃって。でも慌てようにも騒ごうにも、圧倒的な力の前ではどうしようもない
p.169
出会ったばかりの頃は楽しい。だが相手を知れば知るほど、本当に好き合っているのかがわからなくなる。相手を信用できなくなる。終わっちまえば、すべてが欺瞞だったとしか思えない
pp.170-171
人の愛情そのものが。××と同じだ。見ろよあいつらを。自分が××にかかってるなんて気づいちゃいない。恋愛感情も同じさ。全世界の人間がそれに××していて、楽しそうに踊ってる。俺だけが××になりきれないんだ。俺は素面のままあいつらの真似をしようとしてる。表情を真似て、行動を真似て、同じような声を上げる。皆と同じですよって顔で肉を貪り合って、そのうち耐えきれずに隣にいる××を打ちのめして逃げ出すんだ
p.171
もはや××は単なる恐怖やグロさだけでなく、逆に人の罪深さ、貧富による格差や弱者と強者の存在、友情や家族愛、仲間が一瞬にして敵に回るという悲劇性など様々な要素を表現しうる存在になった。人々は××に自分のエゴや心象を投影するんだよ
p.184
手にした鎚矛を何度も何度も彼の頭に打ちつけました。なんだか、スイカ割りみたいで夏っぽかったですね
p.297
もしかしたらあいつらは、あいつらっていう人間の一番醜い部分を曝け出しただけなんじゃないのか。そのただ一点を除けばそんなに悪い奴らでもなくて、お前も俺も、誰かの一番醜い部分を指差して、人でなしだ、許せないって叫んでるんじゃないのか。
p.299
屍人荘の殺人を読みながら浮かんだ作品
レビューまとめ
ども。読書エフスキー3世の中の人、父親の誕生日にあげたプレゼントを、結局自分で使っている野口明人です。
今回はネタバレをしたくない作品だったので、ほとんどストーリーに触れませんでしたが、最初のあらすじに書いた所だけ理解していれば大丈夫だと思います。
大学生が夏の合宿で訪れたペンションで殺人が起きる。これはよくあるテンプレのようですが、ここに一つのスパイスを加える事で今まで読んだことがないミステリーの出来上がりってわけですね。
それは“カレーうどんを人生で初めて見た時の感情”に似ているかもしれませんね。
カレーライス。うどん。どちらも定番なのに、なぜ今まで一緒にしたものがなかったんだっていう。
もちろん、カレーうどんではなく、カレーライスを食べたい時もあれば、冷やしうどんを食べたい時もある。なので一緒にしたことが絶品を生み出したという事ではないとは思うんですが、それでも確かに「新しい!」とは感じました。
まぁ、新しさよりも、「今っぽい人が書いた作品だなぁ〜」って印象のほうが強かったですけどね。
ただ、ハードルを上げられ過ぎた作品によくある「なーんだ、こんなもんか」という感情はあまり湧きませんでした。ちゃんと伏線を回収している所とか「おお!本格派っぽい」という印象を受けましたし、主人公の葉村くんの話す内容はなかなか研究されていて興味深かったです。
こういう色々と受賞した作品は賛否両論を生みやすいとは思いますが、ぜひとも人の意見を鵜呑みにせず、自分の目で見て確かめてみてくださいませ。
人間は、賛の意見よりも、否の意見の方を真に受け取りやすいものなので。
結局の所、カレーうどんを自分で食べてみない事には、それが自分にとって美味しいかどうかはわからないものです。
ではでは、そんな感じで、前回、SFと長門の100冊を中心に読んでいくみたいな宣言をしたばかりなのですが、図書館から連絡があったので、急遽『屍人荘の殺人』について語らせていただきました。
ここまでページを閉じずに読んで頂いて本当にありがとうございます!
最後にこの本の点数は…
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屍人荘の殺人 - 感想・書評
屍人荘の殺人
- 読みやすさ - 90%90%
- 為になる - 66%66%
- 何度も読みたい - 60%60%
- 面白さ - 82%82%
- 心揺さぶる - 52%52%
読書感想文
この本の最後に、鮎川哲也賞の選考を行った方たちの書評みたいなのが掲載されているんですが、北村薫氏が言ったように、まさに「奇想と本格ミステリの融合」でした。なぜ今までこういうクローズドサークルが定番にならなかったのか不思議なぐらい、クローズドサークルを生み出す状況としては素晴らしい発想だと思いました。個人的にはもう少しクローズドサークルの良さを全面に押し出してくれても良かったかなとは思うのですが、それは個人の好き嫌いの問題。ただ、最後にひとつだけ言わせて貰えれば、僕は最後まで明智くんを信じていました。ルールをぶっ壊したのかもしれませんが、明智くんを信じていた分だけ、漫画版の方が個人的には好きなのです…。