幽霊たちはポール・オースターの3作品目ですが、前回から引き続き発表順に読んでみました。ノルウェー・ブック・クラブが2002年に公表した”Top 100 Books of All Time”「世界最高の文学100冊」にも選ばれたポール・オースターのニューヨーク三部作の二番目の作品です。
幽霊たちと聞くとちょっとしたホラーかな?なんて思ったりもするのですが、そこは流石ポール・オースター。足のない幽霊が僕らを怖がらせたりする小説ではございません。
では幽霊とはなんの事を言っているのか。それはそこにいるときでも、本当はそこにいない人たちのこと。
へ?なにこいつ禅問答みたいな事言ってるの?と思う人もいるでしょう。僕もそうでした。1ページ目から奇妙な感覚に襲われ、最初は恐る恐る読み進めていくのですが、気がつけば頭の中で自分とは何なのだろうと考えてしまっているのです。
たとえばあなたがこのレビューを読む時、「僕」はそこにいるはずです。「僕」が幽霊たちを読み、感じた事をレビューしていく。それをあなたが読んでいく。しかし、もし「僕」が名前を変えてレビューを書いたら、あなたは別の人のレビューを読んだと感じることでしょう。
…と、冒頭からこんな事を書いていたら、せっかくのレビューも読んでもらえずに去っていかれるかもしれませんね。そうなる前に↓にあるあらすじだけでも読んでいってくださいまし。
100ページ足らずの探偵小説。思考の海に溺れるとはきっとこういう事を言うのでしょう…。
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小説『幽霊たち』 – ポール・オースター・あらすじ
著者:ポール・オースター
翻訳:柴田元幸
出版:新潮社
ページ数:144
私立探偵ブルーは怪しい男、ホワイトから依頼を受ける。必要がなくなるまでブラックを監視して週1で報告書を送って欲しい。仕事に飢えていたブルーは承諾し、ブラックの家の近くに部屋を借りて双眼鏡で監視を始めた。しかしブラックは物を書いたり読書をするだけで何の事件も起こらない。ホワイトはお金をしっかり払ってくれるのだが、新しい指示はしてこない。不安と焦燥感と疑惑を独特なタッチで描くアメリカ人作家ポール・オースターのニューヨーク三部作第2作品目!
読書エフスキー3世 -幽霊たち篇-
前回までの読書エフスキーは
あらすじ
書生は困っていた。「速読、速読!うわっ!速くページめくり過ぎて本から炎が!!」と仕事中に寝言を言ったせいで、独り、無料読書案内所の管理を任されてしまったのだ。すべての本を読むには彼の人生はあまりに短すぎた。『幽霊たち』のおすすめや解説をお願いされ、あたふたする書生。そんな彼の元に22世紀からやってきたという文豪型レビューロボ・読書エフスキー3世が現れたのだが…
幽霊たち -内容紹介-
大変です!先生!ポール・オースターの『幽霊たち』の事を聞かれてしまいました!『幽霊たち』とは一言で表すとどのような本なのでしょうか?
“何も起きない探偵小説”デスナ。
…ん?前作の『シティ・オヴ・グラス』もそうじゃなかったですか?正直な所『幽霊たち』は面白い本なのでしょうか?
まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいて、それからブラックがいて、そもそものはじまりの前にはブラウンがいる。
引用:『幽霊たち』ポール・オースター著, 柴田元幸翻訳(新潮社)
コンナ一文カラ始マル“ポール・オースター”ノ1986年の作品デス。読メバワカリマス。
えーっと、それでは困るのです。読もうかどうか迷っているみたいですので。ちょっとだけでも先生なりのご意見を聞かせていただきたいのですが。
シノゴノイワズニ読メバイイノデス。
えええい。話が先に進まない!先生、失礼!(ポチッと)
ゴゴゴゴゴ…悪霊モードニ切リ替ワリマス!
うぉおおお!先生の読書記録が頭に入ってくるぅぅー!!
幽霊たち -解説-
何のために働いているのか?という事を考えた事はありますか?
今作品の説明に必要な事なので。
何のために…ですか。うーむ。やっぱり生きる為にお金は必要だから働いているんじゃないですかね?
では、あまり働かずにお金を大量にもらえる仕事と、一生懸命働いているけれど、収入は少ない仕事だったらどっちを選びますか?
そりゃー、もちろんあまり働かずにお金を大量にもらえる仕事が良いんじゃないですか?
では、たとえばバケツの水を右から左に移し替えるだけで毎月1000万円もらえるという仕事があったらやりますか?
1000万円ですか!?…危ないお金の匂いがプンプンしますね。
決して危ないお金ではありません。バケツの水を右から左に移し替えて、それが終わったら左から右にまた同じように水を移し替える。それをずっと続けるだけで1000万円振り込まれる。そのお金は自由に使っていいとしたら?
…というのが、今回の小説の話です。
あ、バケツの話は私がたとえ話で出しただけなんですが、今回の主人公は自分で探偵事務所を立ち上げたブルーという男です。
お、前回は探偵のフリをしているだけでしたが、今回はちゃんと探偵の話なんですね。
ブルーはある日、ホワイトという男から依頼を受けます。
ホワイトはブラックという男を調査して欲しいと依頼してきました。
この小説のちょっと変わっている所は、ボブとかジョンとかそういう人物名がほとんど出てこないんですよ。冒頭の部分を読んで、ある種のたとえ話かな?って思っていたんですけど、一貫して名前が色にまつわる記号でしかないんです。
まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいて、それからブラックがいて、そもそものはじまりの前にはブラウンがいる。ブラウンがブルーに仕事を教え、こつを伝授し、ブラウンが年老いたとき、ブルーがあとを継いだのだ。物語はそのようにしてはじまる。舞台はニューヨーク、時代は現代、この二点は最後まで変わらない。ブルーは毎日事務所へ行き、デスクの前に坐って、何かが起きるのを待つ。長いあいだ何も起こらない。やがてホワイトという名の男がドアを開けて入ってくる。物語はそのようにしてはじまる。
引用:「幽霊たち」ポール・オースター著,柴田元幸翻訳(新潮社)
ブルーはブラウンという師匠の元で探偵として働いていて、やがて独立して自分の個人事務所を立ち上げた。
まぁ、例にもれず立ち上げた当初は大した仕事も入って来ません。そんな困っていた所にホワイトいう男が仕事を依頼してきたわけです。
ブルーは直感的に、ホワイトはなんとなく怪しいやつだなぁ〜、正体を偽っているな〜とは思いましたが、仕事が来ることはありがたかったので、引き受ける事にしました。
やっぱり生きていくにはお金が必要ですもんね。
ターゲットであるブラックの住む家の隣に部屋を借りて監視をするブルー。
前作『シティ・オヴ・グラス』に似ている流れですね。
読書エフスキー3世
シティ・オヴ・グラスというポール・オースターの小説をご存知でしょうか?彼の2作品目の小説であり、詩人として知られていたポ…
『シティ・オヴ・グラス』では殺されるかもしれないから、父親を監視してくれっていう依頼でしたね。
しかし、今回の依頼はとにかくブラックという男を監視して1週間毎にレポートをくれとしか言われていません。
彼が何者なのかも知りませんし、何のために監視しているのかもわかりません。何日監視をし続けても、彼は大した行動を取らないのです。
あれ?でも『シティ・オヴ・グラス』でも、ターゲットは何も行動をしなかったんじゃなかったでしたっけ?
結果的にはそうでしたね。ただ、何か意図があるのではないか?という行動はとっていたじゃないですか。
あー。散歩に出かけた道筋を絵に書いてみると、「BABEL」という文字になっていましたね。主人公はそれをみて、ターゲットの著書であるバベルの研究書と結びつけて考えたりして。
その後主人公はどうしましたか?
えーっと、確かターゲットを見失ってしまって、依頼主の家の前でターゲットが現れるのをひたすら待つ事に徹したんじゃなかったでしたっけ?
そう!つまりは『シティ・オヴ・グラス』の主人公は仕事に対して、非常に前向きに意義を感じながら仕事をしていたわけです。
ですが、今回の主人公のブルーは違います。
部屋を借りてブラックを監視するに当たって、付き合っていた女性に、秘密の仕事が入っちゃってね、しばらく僕から連絡がなくても、心配しなくていい。と伝えたんです。
あ、彼女がいるんですね。仕事と私どっちが大事なの?みたいな事を言われそうなセリフですね。
相手が正体を偽っていようが、俺は仕事をこなすだけだ。という言葉を自分に言い聞かせたようにブルーは仕事に対してある程度のプライドを持っていましたのでね。やる時はきっちりやりたかったのでしょう。
しかしですね、いざ監視を始めてみると、なんとやりがいのないことか。ブラックはどうやら物書きのようで一日中机に向かって本を読むか何かを書いているだけ。それをじっと見ていなければならない。
まぁ、そうなってくると頭が勝手に別の事を考え始めるわけです。こんな事なら彼女の方を優先するべきだったのではないか?みたいな。しかしそういう考えが頭に出る度に、いかんいかん、ブラックを監視しなければと思い直す。
さ、勉強するぞ!と思った途端に部屋を掃除したくなる感覚に似てますね。
ブルーは仕事に集中するために、調査書作成に心を向けることにしました。ブルーには流儀があって、調査書には事実しか書かない事にしていましたので、とにかく推測は行わず、目に見えたものだけを書き込んでいく。
しかし、出来上がった調査書のなんと味気ない事か。
机に向かって物を書いているか本を読んでいるだけですもんね。
ブルーは自分の流儀通り、その味気ない調査書をホワイトに送る。もしかしたら依頼主のホワイトがそれを見て、ブラックは無害だと判断して調査の終了を告げてくるかもしれない。それならそれで良いと。
まぁ、浮気調査とかならそれで終了でしょうね。何の証拠も出てこなかったって事は浮気していないって事で。
しかしホワイトからの特別な指示もなく、お金は依頼通りの額が送られてきました。調査続行です。
ブルーは仕方なくブラックを監視し続けました。ブラックの生活行動が徐々にわかるようになり、ブルーもそれをなぞるように生活を続けます。
ある日、ブラックが外出することがあり、その後をついていきました。すると書店で彼はブラック名義の本を発見するのです。
あいつがどんなやつか知るために本でも読んでみるかとブルーはその本を購入します。
そしてまたブラックは部屋でものを書く毎日。それを監視しながらブルーはブラックの書いた本とやらを読んでみることにしました。
ですが、その本とやらは、ひたすら事実の羅列が書いてあるだけで何も面白みがないのです。
この本はきっと何かの物語なんだろう、とブルーは思っていた。少なくとも物語みたいなものだろうと。だけどこいつはただの無駄話だ。何でもないことについて、際限なくまくして立てているだけだ。
p.62
こんな感じで書いているんですね。言うなれば、辞書のようなもの読んでいる気分でしょうか。一人の人間の生活の事実の羅列。そこにはなんの物語もなく淡々と文字が綴られている。
…辞書を読めと言われても、最初は楽しいかもしれないですが、読破するとなると厳しいですね。
仕事とはやりがいや意味があるから働けるのであり、文字とはストーリーや意味があるから読んでいて楽しいのです。
しかし、ブルーの与えられた仕事には何の意味も見いだせない。相変わらず味気ない調査書を送り、お金だけが振り込まれてくる。手に入れた本を読んでも、つながりを感じられず、文字が文字の意味を失っていく。
おー、なんかポール・オースターっぽくなって来ましたね。ゼロに向かっていくというか、アイデンティティの喪失というか。
ブルーは仕事を辞めたくて仕方がないのに、抜け出せない。徐々に自分の存在意義がわからなくなっていきます。ブラックを監視し、ブラックの生活をなぞる。ブラックがブルーになり、ブルーがブラックになり。ま、そんな感じの小説です。
まだまだ続きますが、大まかな大筋はこんな感じですね。前回との違いは仕事への情熱を失わずに自分を見失っていく主人公と、仕事への情熱が失われていき、自分が消えていく主人公って感じですかね。
うーむ。やっぱりポール・オースターはアイデンティティや孤独などの“個”への追求を描きたいのですかね。
どうでしょうね。どちらの小説もとにかく他者とのコミュニケーションがとにかく希薄で、自分への自問自答で物語が進んでいきますね。
あ、そういえば今回は特殊な書き方で書かれているんですよ。
ええ。この小説ね、カギカッコがないんです。
そうです。「これでいいかね」「ありがとう」みたいなカギカッコが書かれていない。
へー。どういう意味でカギカッコつけなかったんっすかね。
うーむ。難しいですねぇ。言霊という概念ですかね。もしかするとカギカッコを排除する事によって、魂を抜かれた幽霊の言葉として描いたのかもしれませんね。
あれ?でも言霊って日本人の感覚じゃなかったでしたっけ?ってか、そもそも外国の小説ってカギカッコってあるんですか?
日本のような「~」←この形ではなく‘~’←この形がポール・オースターの時代は主流でしたね。最近では“~”←このダブルクオーテーションマークを使うみたいです。
ダブルクオーテーションマーク…。日本だと引用に使うイメージが強いですね。
ちなみに『幽霊たち』の英語の原文はですね、現在形で書かれているんです。
現在形?あれ?それって普通じゃないんですか?
小説って普通、会話は別にして地の文は過去の出来事を書くものですから、過去形で書くことが普通なんですよ。
へー。って事は、会話文も地の文も現在形で書かれていて、差をつけていないって事ですよね。やっぱり不思議な書き方をしますねぇ。
書くというのは孤独な作業だ。それは生活をおおいつくしてしまう。ある意味で、作家には自分の人生がないとも言える。そこにいるときでも、本当はそこにいないんだ。
p.89
もしかしたら、メタフィクションとして孤独を表現する為に作品自体から会話のコミュニケーションを隠したのかもしれないですね。カギカッコがなければ、すべては心の中で思っている事とも取れるし、作者が頭の中で作ったものとも取れる。
うーむ。作品内で語った事を、作品自体にも適応するメタフィクション。こういう書き方、前作にも多かったですね。
メタの話で言えば、今回の名前の付け方がブルーとかブラックとか色だったでしょう?
次回作の『鍵のかかった部屋』の中でその名前の付け方について言及している部分があるんですよ。
ニューヨーク三部作は別々に読んでも楽しめますが、まとめて読んでみると一つ一つの作品が至る所でメタとして機能している事に気が付きます。
あ、私、それ読んでみましたが字が小さく小さくて老眼が進みがちな自分としては辛いものがありました。日本の本は1冊200ページ足らずですが文字が大きくて大好きです。私は紙派です!
ロボなのに老眼とかあるんですね…。ってか、Kindleだったら文字サイズ変更出来るじゃないですか。先生はロボなのに機械に疎いんですか?ん?前回電子書籍で読んでるって言ってなかったでしたっけ?
…ということで次回はついに三部作の最後の作品に入りたいと思います!正直に言いますと、このレビューを書いている時点でもうすでに読み終わっておりまして、次回のレビューが楽しみであります!
ひゃー!全力でスルーされたー!僕も急いで読まなくちゃ!速読、速読!うわっ!速くページめくり過ぎて本から炎が!!
批評を終えて
以上!白痴モードニ移行シマス!コード「Kindle・ベンリ・デモツカイコナセナイ!」
「速くページめくり過ぎて本から炎が!!」…って、あれ?僕は一体何を…。
何をじゃないよ!仕事中に居眠りこいて!それにページめくり程度の摩擦じゃ火はつかないだろ…。
え?あれれ?読書エフスキー先生は?
誰だそれ。おいおい。寝ぼけ過ぎだぞ。罰として一人でここの案内やってもらうからな!
えーっ!?一人で!?で、出来ないですよ〜!!
寝てしまったお前の罪を呪いなさい。それじゃよろしく!おつかれ〜
ちょっ、ちょっと待って〜!!…あぁ。行ってしまった。どうしよう。どうかお客さんが来ませんように…。
…あのすいません、幽霊たちについて聞きたいんですが。
(さ、早速お客さんだーっ!!ん?でも待てよ…)いらっしゃいませー!ポール・オースターの3番目の小説でございますね。おまかせくださいませ!
あとがき
いつもより少しだけ自信を持って『幽霊たち』の読書案内をしている書生。彼のポケットには「読書エフスキーより」と書かれたカセットテープが入っていたのでした。果たして文豪型レビューロボ読書エフスキー3世は本当にいたのか。そもそも未来のロボが、なぜカセットテープというレトロなものを…。
名言や気に入った表現の引用
「一杯の茶を飲めれば、世界なんか破滅したって、それでいいのさ。by フョードル・ドストエフスキー」という事で、僕の心を震えさせた『幽霊たち』の言葉たちです。善悪は別として。
現在は過去に劣らず暗く、その神秘は未来にひそむ何ものにも匹敵する。世の中とはそういうものだ。一度に一歩ずつしか進まない。一つの言葉、そして次の言葉、というふうに。この時点のブルーには決して知りえないことがいくつもある。知識は緩慢にしかやって来ない。そしていよいよやって来たときには、しばしば大きな個人的犠牲を伴うのである。
p.8
彼にとって言葉は透明である。彼と世界とのあいだに立つ大きな窓である。
p.28
何が起きたかを書いたところで、本当に何が起きたのかが伝わりはしないのだ。
p.30
あれ以外の何ものでもないんだ。奴はあそこにいる。だけど奴の姿は見えない。見えたところで、明りが消えているのと変わりはしない。問題はそういうことなんだ。
p.31
闇の中に置かれるのも悪くない、と彼は思う。次に何が起こるかわからないというのも、なかなかスリリングじゃないか。油断もしなくなる。いい傾向だ。しっかり目を開いて、爪先立ちで四方をくまなく見渡し、何が起きてもたじろがない姿勢を整えておくのだ。
p.41
ブルーは全体として頑強な性格の持ち主である。暗い考えにのめり込んでしまうタイプではない。時として世をはかなむことがあるとしても、誰が彼を責められよう? 夕食の時間になったころには、ブルーはもう事態の肯定的側面に目を向けはじめている。おそらくこれは彼の最大の才能である。絶望しない、というのではない。絶望しても決してそれが長く続かないのだ。まあこれでいいのかもしれんぞ、と彼は自分に語りかける。いつまでも他人に依存するより、ここらで一人立ちした方がいいのかもしれん。しばらくじっくり考えたのち、たしかにその通りだという結論にブルーは達する。俺はもう見習いじゃない。もう俺の上にボスはいないんだ。俺のボスは俺自身だ。誰からの指図も受けない。俺自身の指図しか。
p.51
書物はそれが書かれたときと同じ慎重さと冷静さとをもって読まれなければならない。
p.63
機会を逃すことも、機会をつかむこと同様、人生の一部である。起こりえたかもしれないことをめぐって、物語はいつまでも立ちどまってはならない。
pp.63-64
我々は偽りの場にいる。人間としての本来的な弱さゆえ、我々は檻を夢想し、自分をその中に閉じ込める。したがって我々は同時に二つの檻の中にいるのであり、そこから抜け出すのも二重に難しい。
p.74
我々はいつも、作品をよりよく理解するにはその作家の内部に入り込まねばならない、とか何とか言っている。だがいざその内部なるものを目のあたりにしてみると、べつに大したものは何もない――少なくとも他人と較べて特に変わったところなんか何もないんだ。
p.88
引用:『幽霊たち』ポール・オースター著, 柴田元幸翻訳(新潮社)
幽霊たちを読みながら浮かんだ作品
ジャンル:ドラマ
監督:フランク・キャプラ
主演:ジェームズ・スチュワート, ドナ・リード
おや?映画『素晴らしき哉、人生!』ですか。
素晴らしき哉、人生!はこの小説の中で紹介されている映画です。昔、一度観たことがあって素晴らしい映画だったので、もし観たことがなければぜひ。
レビューまとめ
ども。読書エフスキー3世の中の人、野口明人です。
『幽霊たち』を読んでみましたが、この作品は前作の『シティ・オヴ・グラス』よりも更に徹底して“個”を追求したストーリー展開だった気がしますね。
話としては何も起きない探偵小説として、ただ監視しているだけで面白くなさそうなのに、それでも面白く読ませてしまうのがポール・オースターのすごい所。
正直な所、読書エフスキーに「何のために働いているのか?という事を考えた事はありますか?」と語らせたように、僕は『幽霊たち』を読み終えてすぐは、働くことってやっぱりやりがいが大事だなぁ〜なんていう薄い感想しか浮かんで来ませんでした。
しかし、三部作全部を読み終えてから振り返ってみると、この小説が一番頭の中にこびりついているんですよね。
シンプルなのに、印象深い。何も起きないのに、内面をえぐってくる。
子どもの頃に風邪引いた時、一日中家で寝ていると、現実と夢が混濁してくる感覚。あんな感じ。何も起きていないのに自分の中じゃ夢も現実もわからなくなって、元気なのにフラフラで、動き回っているのにずっと寝ている。
こんなに一日中寝ていると、周りに置いていかれるんじゃないか?と寂しい焦燥感のような物が襲ってきて、焦ってみても体は動かなくて。外で元気に遊んでいるであろう友達を想像してみるのだけれど、結局自分のことを考えてしまっている。
他人を見つめれば見つめるほど、自分の事ばかり見えてくる。
自分と他者との違いはなんだ。もしも誰かが僕の書いた物を自分の名前で発表したら、そこに僕はいるのだろうか。このブログももしかしたら僕が書いたのではないのかもしれない。僕が書いたという証明は管理人の名前がついているだけに過ぎない。
…なーんて事を考えちまう作品なんすよ。
ニューヨーク三部作の中でどれを最初に読めばいいですか?と聞かれたら、おそらくこの『幽霊たち』を勧めると思います。ポール・オースターの最初の一冊ではなく、三部作だったらね。親切にも巻末の解説が3人も書いてくれていますし。
もちろん『シティ・オヴ・グラス』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』と、順番に読んでいってほしいとは思いますけどね。
三部作の中で一番濃縮した作品のような気がしました。ページ数も少ないですし、興味があれば手にとってみて下さいませ。
あ、それとポール・オースターの作品の中にはたくさんの作品が紹介されているのも楽しみの一つ。恩田陸みたいですね。
小説だけじゃなく映画も紹介されていて、『過去を逃れて』は観たことがなかったので、この小説を読み終えた後に観てみました。
著作権切れの映画でしたし、Amazonプライム・ビデオで観ることが出来たので。これも私立探偵の話なんですよね。ジェーン・グリアという女優さん、むっちゃかわええ。…ものすんごい悪女でしたが。
良ければ合せて手にとってみてくださいませ。映画を知って、小説を読んで、主人公の思考にちょっとずつ近づいていく。何度も繰り返し読む度に、僕はブルーになっていく。僕は自分を失っていく。…なんか、そんな事言っている自分、かっこいい!
ということで、繰り返し読みたくなる作品でした。
ではでは、そんな感じで、『幽霊たち』でした。
ここまでページを閉じずに読んで頂いて本当にありがとうございます!
最後にこの本の点数は…
幽霊たち - 感想・書評
著者:ポール・オースター
翻訳:柴田元幸
出版:新潮社
ページ数:144
幽霊たち
¥ 473
-
読みやすさ - 82%
-
為になる - 79%
-
何度も読みたい - 92%
-
面白さ - 86%
-
心揺さぶる - 88%
85%
読書感想文
前作と似たような設定で、似たようなラストを迎えるのに、読み終えた後の印象が全く違う。『シティ・オヴ・グラス』では自分探しをしている人にオススメしてみたけれど、今回は何かを書いている人にオススメしてみたい作品。自分って一体何なんっすかね。自分が書いたものを自分が書いたと証明出来る何かは一体どこにあるんだろう。そんな事を考え始めてしまう。内に内に掘り進んでいく物語が好きな人は是非。
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